十津川探検 ~瀞洞夜話~
有蔵、島本文吉老人の事
   ここに面白き習癖あり(と、云ふより精神科医の範に属するか)。彼の老人、茅を結ぶこと、非常の名手なり。手頃の集まりたる茅あれば早速右手一つにて、あっと云ふ間に怪我もせず引結ひにする。故に老人の通った道は時節さへあへばすぐハァあの老人が通ったと判ったのである。一寸痩せ型、邪気なく、何時も大きく、「はっはっはっー」と笑ひながら話し、よく我家へ訪れ來たりけり。その時、面白きは何時も箸二本を削り置いて行く。急ぐ時は、投げ込み置くを常とせり。
 家庭では、おひつの底を抜き、胴を作り双方へ紙を貼り、柿渋を引き天日に干してポンポン叩いてゐたと云ふ。そして、雨の日は鳴らない。
 あの地にて山稼ぎの者共、或る日遊びに行く。夜なり。最後に剣舞を見せようと云ふ。人々、之を見物するに、愈々最後、「流星光底逸長蛇」に至りて突如、見物人に斬りつけしに付、吃驚仰天逃げたりと云ふ。當人、赤松に聞く。後、如何なる故にや、縊死して失せり。かかる人もありき。
(31、2、25)
注- ・赤松-田辺方面からやって来て、自分一代は田戸に住み、その死後息子は余所へ移った。
・有蔵-地名でアンゾウと読む。

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