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余の幼時、アメノウオが大きくなると化けると云ふ事が盛んに云はれ、信ぜられてゐたのだ。南和で最も有名なのは、小サメ小二郎の話である。(これは、山賊である)この魚は、大川へ出ると眼球が腐ると云ふ。なるほど眼の悪いのを余も時々見た。眼が潰れてゐ、何か生えてゐるのもある。冷水の枝川と云ふべき支流の實に小さな山奥迄も居る魚である。
味はなかなか佳良で、人によると鮎を凌ぐとさえ云はれる。6、7寸のもの、最もよく、1尺以上となると何かと臭ひがして味が下がる。
實に大きいのがゐた。恰もサバのような平たく見える。余も少年時代1尺5分と云ふのを採った事がある。
岸壁迫り高き山嶺の眞っ青い淵に悠々と遊んでゐるのを見ると、一寸氣味が悪い感がする。なるほど、化けると云ふ筈である。一例を挙げてみると、或る時、寂しい山奥の渓谷で木挽が仕事をしてゐた。晝時になったので飯を食べにかかった。すると丁度その時の事、下手から一人の坊主らしい粗末な風をした男がやって來た。いろいろ話をしてゐる内にアメノウオの話になり、この上流の黒淵には大きなアメノウオが居るが、これは主であるから絶対に獲ってはならない、と坊主は云ふ。そして別れて、坊主は何処かへ行ってしまった。
次の日のこと、その木挽が慰みにアメノウオ釣りを始めた。下流から段々とその黒淵へ行き、途方もない大きなアメノウオを釣り上げた。腹を割いて料理すると、昨日坊主に与へた弁當の栗飯が出てきたと云ふ。
かかる話は枚挙に暇もない位多かったものであるが、現今は殆ど云はれなくなってしまった。 |
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注- |
・小サメ小二郎の伝説は、迫西川にもある。アメノウオの小さいものをコサメと言う。 |
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・黒淵-5万分の1地図のオトノリの急湍の末端
かかる話は枚挙に暇もない。同様の伝説が滝川上流のソーハン淵にもある。 |
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