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中作市老人に聞いた話である。
東野に同人若い時分の頃、正兵衛と云ふ鉄砲の名手あり。よく牛のコウジの背の上に、小さな蜜柑を載せて6間位より命中、飛ばせたと云ふ。
或る時の事、作市老人と鹿狩りに行きしところ、一頭の鹿、下手のオカへ駆ける。次の小さなオカに作市老人あり。次の大きなオカに正兵衛あり。正兵衛には矢は遺し、作市之を見て自分が撃ってとらんとし、狙ひありしところ、いきなり轟然と弾丸は作市の頭の近くをかすめて飛びたり。驚いた作市は、「無茶をするな。貴様は俺を撃つ気か。」と怒鳴ると、正兵衛曰く、「いいや、俺が狙ってみると、どうやら撃てるらしい。それに、お前の頭から8寸すいたから撃ったのじゃ。」
鹿は、勿論斃されてゐた。 |
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注- |
・中作市老人-磧で山草を売る中保一老人の父、田戸の人、農業、85歳で死去、今おれば110歳、なかなかの物知りで俳句なども嗜んだ。 |
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・コウジ-犢のこと。牡牛はコッテ、牝牛はメンタ。 |
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・オ力-オ力は支稜すなわちサコとサコとの間の稜線のこと。 |
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