北村源吉老人が、余の幼時に語り聞かせたり。お前の祖父は、實に美男子であった。前名を陳平と云ふ。これは、支那の書物からとって名付けしものである。学を好み、山で働く時、食事の後など消炭にて木片に何か書いておった。
鷲尾侍従が高野山に義挙を画せし折り、之に馳せて加はった後、五條や上市にあって公職を奉じてゐたが、行く時の姿は髪を大タブサに結ひ、朱鞘(丹波守)を横たへ、洵に好い武士姿であったが、或る日帰ったのを見ると、見事斬髪してしまひ、我々若い者にも頻りにすすめてゐた。我々は、涙がこぼれた。
注-
・祖父-福重(ヨシシゲ、若名陳平)氏