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我幼時、北村源吉老人に聞きたる話なり。その節、彼は20にもならぬ若人なりき。天忠組は逃れ來たりて、下葛川の寺に入りて泊まる。彼は風呂番にて焚きいたり。折ふし夕食時にて、一人の侍來たり。柚はなきかと尋ぬ。「柚は彼処にあり」と教ゆれど、庭よりは程遠し。「木に登りてとりて來ん」と云へば、その侍、「待て、その要なし」とて引き返し、長柄の槍持ちて來て、「ヤッ」と一声。電火の如き槍先は、見事實を貫く。斯くて、幾つか採りて居間へ帰れりと云ふ。
さるにても針か釘の如く細からんには、いと易けんも、如何に鋭しとて槍先にて小さな柚の實を突きたるは、非凡の事と申すベしとていたく賞めゐたり。 |
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注-・北村源吉 田戸の人 |
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