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玉置山の横峯、林道京野谷線沿いの山中にある。
元弘2年(1332)大塔宮護良親王が十津川郷に落ちられたとき、熊野別当定遍の軍勢と闘い、討死した忠臣片岡八郎の墓所である。
後年、道行く人々が、八郎の忠節を偲び花を折って供えたところから折華塚[おりはなづか]、後に花折塚と称せられるようになった。
八郎は王寺町の出身、明治になって正四位を贈られ、14年(1881)に十津川郷民によって碑が建てられた。
撰文は播磨の亀山雲平、書は清国人廖錫恩、題字折華塚碑の四字は大政大臣三条実美である。 |
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| ●南朝忠臣片岡八郎墓所花折塚 |
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