十津川探検 〜西川盆踊り歌〜
西川盆踊り
■西川大踊りについて
■国指定重要無形民俗文化財 大踊り
 ○よりこ
 ○いりは踊り
 ○しのび踊り(忍び踊り)
 ○かまくら踊り
 ○ごもん踊り(御門踊り)
 ○おはな踊り(御花踊り)
 ○かけいり
 ○大もち
■餅つき踊り
■伊勢音頭
■踊り歌
( 1 ) 木曽節
( 2 ) ホイホイ
( 3 ) 五条や橋本
( 4 ) 今の川堀
( 5 ) せんよう橋
( 6 ) 有田節
( 7 ) さのさ くずし
( 8 ) サノーサノ サイ
( 9 ) 筏節(鴨緑江節)(恵山鎮節)
(10) 追分け
(11) 笠おどり
(12) トントン ドッコイショ
(13) ナント ナント(ラッパ節)
(14) ヤット ヤ
(15) 串本節
(16) 帽子片手に
(17) ヨイショ コラ コラ
(18) 月は無情
(19) 関の五本松
(20) ヤッチョン踊り
(21) 宮津節
(22) 磯節
(23) 高い山から
(24) ストン トン節
(25) 草津節
(26) シャシャシャノシャンシャン
(27) 東京音頭
■盆踊り歌
■労作歌
 ○礎つき歌
 ○草刈り歌
 ○苗とり歌
 ○田植歌
 ○麦かち歌
 ○唐臼踏み歌
 ○粉挽き歌
 ○木挽歌
 ○籾すり歌
 
「西川盆踊り歌」について
○西川大踊り保存会発行「西川盆踊り歌」はしがきより
筏 歌は世につれ世は歌につれ、と言われている。
 昭和20年に第2次世界大戦が敗戦に終わって、我々日本人は大きな打撃を受けたが、その打撃から立ち上がろうとした我々の生活に大きな力をかしてくれたのは歌ではなかったろうか。楽しいにつけ悲しいにつけ歌はいつも我々の生活にうるおいをあたえ力づけてくれたのである。
 我々の先祖も先人の霊を祭り、生活を楽しくさせるために歌をうたい、踊りをおどって神に祈り、苦しみや悲しみをのりこえて生きてきたのであろう。そして多くの歌や踊りを残してくれた。
 このように先祖の人たちが生活の中からうみだした歌や踊りも戦後大変革をした我々の生活からは忘れられ消滅しようとしている。先祖の霊を祭るための1年の大きな行事であったお盆の行事もその様子が変わり盆踊りも村民の過疎化の影響もあって、既に30年頃から踊られなくなったところも多い。
 時代は日々進歩し日本人の生活も国際化を言われるこの頃であるが、遠い時代の先祖の人々がうみだし伝えてきたものにふれることにより、先人の生活や生きざまに思いをいたすことは新しい時代に生きる我々としては極めて大切なことではなかろうか。そしてこれをまた我々日本人の精神的な財産の一つとして後世に永く継承されるように努めることは、この変革の時代に生きるものの重大な使命であろうと思われる。
 このような考えから現在西川に伝えられている盆踊りの歌を一冊にまとめてみた。踊りかたの解説はできなかったが、これはまた後日の研究にゆだねるとして、西川の踊り保存継承と、村民の親睦、融和に役立たせていただけるならば、この上ない幸である。
 但し、十津川の盆踊りには、昔の十津川の人々が踊っていたと思われる踊りは極めてすくなく、明治、大正、昭和の初期に流行した俗謡や全国的に有名な民謡(串本節、木曾節)などが盛んに踊られており、西川においても主としてこのような踊りが踊られているのだが、これらも十津川へ入って十津川独特の振りがつけられ踊りつがれているので一括して入れることにした。
 また、我々の先祖たちが、山に畑に仕事をしながら歌ってきた歌も現在確実に伝承されているものが判明したので、後へ添えておく。
西川大踊り保存会会長 東 勇