十津川探検 〜西川盆踊り歌〜
西川大踊りについて
  西川盆踊り 西川の大踊りは、「よりこ」と「いりは」及び「いりは」と同じ形の踊りの二つに分けられる。
 「よりこ」は踊り場に人を寄せを踊りで、昔は一番初めに踊られたという。
 歌詞は一つのものを歌い、三段階になって歌い方、踊り方がかわってくる。
 「雨はしゅげしゅげ」は主として雨乞い踊りに踊られ他の歌はその時の音頭とり(中心になる人)が適当にその場で選んで歌ったようである。
 この「よりこ」を大踊りと言い、昔は小山手で盛んに踊られ小山手踊りとも言われたという。
 「よりこ」に対して「いりは」「かまくら」「しのび」等を小踊り(小原、小森などでは本踊り)と言って、永井を中心によく踊られ、永井踊りとも言われた時代があった。このことは、この踊りを伝承するために熱心であった松井正則、松井昆吉らが永井の住人であったことによるものと思われる。
 いつごろからか「しのび」や「かまくら」があまり踊られなくなった頃から「大踊り」(よりこ)と「いりは」と言う呼び方になり昭和50年8月にこれらの踊りが国選択の無形文化財として指定された時には一括して「大踊り」とされている。
 平成元年3月20日に国指定重要無形民俗文化財となる。

 「いりは」と同じ踊りは村内各地にあったようで、昭和29年12月に出版された小森出身の西田正俊氏著の「十津川郷」には、三村区内に於ける「本踊りの歌」として「いりは」他七つの歌があげられているが、戦後村民の生活や趣味の変化により、盆踊りについての関心もうすくなり、積極的な伝承者がなかったために、武蔵、小原、湯の原にいわゆる「大踊り」だけがようやく残り、本踊りの方はいつしか消滅して完全に伝承されているのは西川だけになったのである。
 西川に大踊り、本踊りが完全に伝承されているのは松井義太郎その子玉置道雄氏らの熱意によるところが大であるが、また、戦後いちはやく大踊り保存会をつくりこれが継承に努めたことにもよるもので、西川大踊り保存会の存在意義は大きいと言える。

 吾れわれの先祖が何百年か前に先祖の供養のために始め継承してきたこの踊りも、そのためには、時代時代によって多くの苦難や盛衰があったことと思われるが、十津川で此の地域だけにようやく継承されているこれらの踊りをいつまでも伝え踊られるようにしたいものである。
 

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