十津川探検 〜十津川巡り〜
東武墓碑
 
東武墓(永井 堂ノ岡)
●東武墓(永井 堂ノ岡)
 大人子永井堂の岡にある。
 東武[あずまたけし]は永井に生まれ、郷校文武館より東京法学院に学んだ。在学中、明治22年(1889)8月、郷里十津川は大水害に見まわれたが、この時東は郷の先輩と共に、難民の救済策として北海道移住に奔走した。
 明治24年(1891)自らも渡道、新十津川の開拓にあたり、明治26年(1893)には、新十津川及び十津川の移民100戸団体を組織し、雨龍郡深川村芽生[めむ]に移住、今日の深川市の基礎を築いた。深川市には開拓の恩人として、「東先生開拓頌徳碑」が建てられている。
 東はこの後、北海タイムス社(現北海道新聞社)を創立、やがて道会議員を経て、衆議院議員当選10回、立憲政友会に属し、各要職を歴任、昭和2年(1927)には農林政務次官となった。
 昭和14年(1939)9月3日、衆議院議員・日本新聞連盟理事長・北海タイムス社相談役在職中、71歳にて病歿した。
 尚、墓碑は分骨されて、深川市・東京多摩墓地にもある。
 

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