十津川探検 〜十津川巡り〜
藤井織之助遺髪碑
 
遺髪碑(平谷字蕨尾)
●遺髪碑(平谷字蕨尾)
 大字平谷蕨尾の国道上にある。
 織之助は文政10年(1827)大字永井、千葉清宗の第五子として生れた。
 若くして平谷藤井広吉の養嗣子となり藤井姓となる。
 19歳の時、江戸に出て剣術を鏡新明智流の桃井春蔵に学んだ。
 文久3年(1863)京都に上り、御所の警衛にあたる等勤皇運動に力を尽くし、広く志士達と交わった。
 高野山義挙には、銃隊の軍監兼隊長として出陣、戊辰の役には、十津川御親兵第一番中隊司令官補助として北越に出兵した。
 この時、長岡城の攻撃に際し、腹部に敵弾をうけ、到底回復の望みのないことを悟り、自刄した。42歳であった。
 新潟県小千谷市極楽寺には、墓及び田中光顕の撰文並びに書による碑が建てられている。
 

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