十津川探検 〜十津川巡り〜
加藤謙二郎墓碑
   
(遺骸の葬られたのは折立松雲寺)
●(遺骸の葬られたのは折立松雲寺)
 大字山手谷、春風苑にある。
 加藤謙二郎は越中(富山県)泊の人で、国学を学び、尊皇攘夷運動に挺身した。
 元治元年(1864)5月、十津川郷に、天皇の内勅による文武館が創設、儒官中沼了三が来郷開館された。加藤は中沼の門弟であったため、中沼の推挙により、文武館の儒学教授として、4年間その職にあり、十津川郷民の教育に大きな影響を与えた。
 加藤の熱情ほとばしる講義は、聴く人に感銘を与えずにはおかなかったという。
 慶應3年(1867)3月9日、その真因は定かでないが、文武館の下河原において切腹したという。37歳であった。

 ○十津川郷士に示された詠草
  “遠津川瀬々のしら波たちつれて
      昔にかへせ君が御代をば”
 従五位が贈られた。
 

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