十津川探検 〜十津川巡り〜
浦武助胸像
 
 十津川高校玄関前にある。
 浦武助は出谷の出身、郷校文武館・東京開成中学校・早稲田大学に学び、大正3年(1914)より、25年間、母校文武館の教諭・校長として郷士の子弟の教育に情熱を傾けた。
 在職中、大正14年(1925)平山の校舎全焼、その為、学校の存続・廃止論がおこり、賛否両論、村は紛糾し続けたが、先生は終始存続再興に精根を傾け、遂に現在地に再建をみた。文武館中興の祖と称せられる所以である。
 館長退任後、請われて東京開成中学校の教頭、後校長となり、第二次世界大戦末期の極めて困難な時期の学校運営にあたり、終戦後の処理を終え郷里に帰った。
 帰郷後、玉置神社護国神社の宮司をつとめ、又村史編纂に取り組まれたが、昭和34年(1959)76歳にして、高潔な生涯を閉じた。
 昭和60年(1985)先生の徳を慕う、教え子や村民によって胸像が建立された。
 胸像の作者は、三重県御浜町出身の北地莞爾である。
 
浦武助胸像(十津川高校玄関前)
●浦武助胸像(十津川高校玄関前)
 

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