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国道168号線滝川口よりやや上流、大字滝川林道内原線沿い藤沢宅前にある。
“世を棄てゝくまばや汲まん白菊の
花の中ゆく 瀧川の水”
瀧川の里にて 伴林光平
伴林光平は河内の人、天誅組の参謀、記録方として来郷、天誅組の十津川退陣決定後、退出の間道を探すため、深瀬繁理[しげり]と共に滝川より花瀬を経、嫁越峠を越えて北山郷白川に出た。その後天誅組は鷲家口にて潰滅[かいめつ]、光平は逃れたが河内の国境岩船山附近で捕えられ、元治元年(1864)京都六角獄の露と消えた。
年52歳。獄中「南山踏雲録」を著す。獄中の歌約90首、これはその一首である。 |
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| ●歌碑 |
●滝川の里 |
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