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川津から神納川[かんのがわ]沿いの県道川津高野線、大字内野[うちの]の道路端にある。
碑文には明治22年(1889)8月の大水害で、森秀太郎が北海道新十津川に移住した顛末[てんまつ]が書かれている。
秀太郎は慶応2年(1866)1月内野に生れ、24才の時、移住の為故郷を離れた。昭和17年(1942)9月北海道沼田村において76年の生涯を終えた。
歿[ぼつ]後40余年を経た昭和59年(1984)秀太郎の残した上下2冊の懐旧録[かいきゅうろく]と数冊の日誌をもとにして、秀太郎の末子森巌(元北見工大・北海道工大教授)により編集された懐旧録「十津川移民」が出版された。
移住前の十津川、移住後の開拓の様子など克明に記録されており「明治の常民による驚異の生活記録、第一級の民俗資料」と評されている。 |
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| ●懐旧録 |
●記念碑(内野) |
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