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●長澤義訓墓
(上野地共同墓地) |
大字上野地共同墓地にある。
長澤義訓(通称俊平)は丹波亀山の藩士で安政元年(1854)正月、妻と共に十津川郷に永住の目的で来郷した勤皇家である。
安政4年(1857)8月、十津川郷士と相はかって、十津川郷民の勤皇の志気を鼓舞[こぶ]するため、小原滝峠に大塔宮護良親王御詠の碑を建立した。
碑背に俊平の撰文[せんぶん]が刻まれている。
同年11月、小栗栖[おぐるす]において自殺した。原因はわかっていない。
万延元年(1860)冬、上平主税[かみだいらちから]によって小栗栖に石碑が建てられたが、後年道路工事のため現在地に移された。 |
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