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大字旭、字迫[せい]にある。
この地にあった「迫」は室町時代、大峯回峯の人々が住みついた時に、始まったと伝えられている。
以来、600有余年、「迫と背中は見ずに死ぬ」とたとえられる程の秘境の中で、村人は平和に生きてきた。
この迫に昭和46年(1971)関西電力が揚水式発電所を計画、昭和49年(1974)水没のため、迫の人々は墳墓の地を離れた。
ダム建設に先きだち、民俗調査が行なわれ、「旭ダム関係地民俗等調査報告書」としてまとめられた。
又、文政4年(1821)建築の旧木村家住宅は、大和民俗公園(大和郡山市)に移築された。
碑は昭和55年(1980)に建てられた。 |
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| ●下部ダムのほとりにある水没記念碑 |
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